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所謂雑記以下。表の裏に屑は掃き溜められて行くのです。Dust to Dust. 誰も読まないだろうからここにぐだぐだと長い文章を書いて見ました。
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単純に困難。
今さら何を言っていやがるのかと思われるかもしれませんが、
非常に根本的なお話としまして、
根っこのところの世の中はシンプルなものです。

考えるという行為は、尊いものと捉えられがちですけれど、実際のところ素晴らしいものかといえば、案外そうでもなく、どうでも良いところでうっかり考え込んだりしてしまうと、肝心なことに手をつけられず、しかし自分は沢山考えてるはずなのにどうして上手くいかないんだろうと、ある種現実逃避的な自慰行為に近い泥沼にはまり込んでしまって、結局進退極り、沈没していったりします。
苦しんでるのにそれが無駄。
悩んでいるのにそれも無駄。
辛いはずなのにすべて無駄。
痛みなんてはじめから無駄。
無駄無駄無駄の、無意味ちゃんです。

その人間が評価されるかされないか、なんて点から覗きこんで見れば、
結局のところ、
向けられる視点はほぼ完全に恣意的で利己的なものばかりです。
評価することで間接的なメリットがあるから、他人はその人間を評価するのです。
素晴らしい、と言うのです。

といたしますと、評価系って割合簡単で、ごちゃごちゃわけわからんことをぐちぐち考えてるものよりも、見かけだけでもわかりやすくシンプルに、数少ないことを頑張ってる人間の方が高く見られるのです。
一人で何でもできなくてもいい、なんて。
ぶっちゃけ、自分なんて他人から見れば大多数の内の一つ。
小説で言えば端っこのキャラに過ぎないのですから、掴みやすい奴の方が気に入られます。

要するに、物事は少なく成せ。
理由やら志やら夢やら、ちゃんちゃらおかしいもので、
そんなのは適当にサイコロでも振って決めてしまえ。
脇目を振らず、単純に事を成せば、それが素晴らしいのです。

よく、考えて物事を行わないと、壁にぶつかるだとか。あとで後悔するだとか。
そんな感じのことも言われますけれど。
負け犬の遠吠えに等しいものです。
やってしまってから、壁にぶつかったのならそれを越えれば良いし、
後悔したのなら、悔い改めればいいだけで、
何もしないまま腐るよりはずっとましだったりします。

始める前に考えるな。
始めた後から悩むな。
頭を使う場所は、壁を乗り越えるところとか、そのくらいってことですね。
坂道を転げ落ちるように一筋に、勢いで生きれば良いのです。

我々は選択せねばならない。
ただしその選択は割と適当でいい。

とは言え。
そんな風に生きられないから、俗人は色々と迷うわけですし、
選択肢が初めからないならないで、士農工商、体制に不満は起きるわけですし。
単純に生きるのは、存外困難なものです。

そしてその困難さを誰もが知っているものの、
知ってるからこそ、そこに気を配ろうとはあえてしないで、
他人は他人。
自分は自分。
と、軽々と切り捨てて、あるいは渋々と切り捨てて、世の中成り立っているのです。

結果論。
貴方が苦しんだのも努力したのも考えたのも悩んだのも紆余曲折在ったのも、
予想できるけれど知ったこっちゃない。
確かなものは結果だけ――否、結果だけはとりあえず確かなもの。
として、毎日が繰行くのでした。

お粗末唐松十姉妹です。

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