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所謂雑記以下。表の裏に屑は掃き溜められて行くのです。Dust to Dust. 誰も読まないだろうからここにぐだぐだと長い文章を書いて見ました。
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今一つたちの行進曲。
 
頼まれてもない絵と、
頼まれた絵。
色々やってみたり、やらないでみたりです。


我々は生きている。
ただし、たまに死んだりもする。
死したかつての我々を、手厚く埋葬し涙を流し、
自己満足に浸り、悲しみを満悦しながら、我々は進む。
即ち生きる。

曖昧な理想を掲げ、茫洋とした目標を目指し、
明確な期限に追われ、厳然とした犠牲を服従させ、
常に届かず、必ず妥協し、
発つ後を汚しながら、
我々は振り返らずに進む。
進む方向は問わず、前でなくとも構わない。

ときおりは、
安全な距離を取った上で後ろを覗き、
無様になった景色をさかなに酒を飲み、嘲笑して疲れを癒す。
最高の味に酔い痴れる。

苦しむ者にもっと働けと言い、
頑張る者には休めと促す。
人の気も知らずに、相手の気持ちになって考えろと教える。
正しいとか間違っているかとかではなく、
楽しいかそうでないかが、我々にとっての基準だ。

矛盾していると感じつつ、
『普通』とは『矛盾する』という意味であると、
浅い心の底で知っている。
我々は何もかもを知っている。
我々が何も知らないということまで、知っている。

どんな時も今一つ物足りないが、
二つ以上足りないわけではないので、気にはしない。
しかし、例えば茶碗の米は粒ではなく一杯だ。
細かなものが大量に集まったとき、それを一つとして数えざるを得ない。
物足りない今一つがそうである可能性も否めないが、
否めない可能性は零とみなせる。

つまり、我々は一つだ。
一丸となれるのである。

さぁ、いざ行かん。

いつか誰かが既に見た、
そこそこの境地へ、それなりに努力し、
何となくたどり着こう。
結果オーライこそが信条だ。
そして我々は全力を投じて余力を残し、
余裕を保ちつつ、こう呟くのだ。

「まあ、こんなものだよね」




若干更新中。
考察する少女α

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