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所謂雑記以下。表の裏に屑は掃き溜められて行くのです。Dust to Dust. 誰も読まないだろうからここにぐだぐだと長い文章を書いて見ました。
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きりきり舞いのキリギリス。
蟻とキリギリスと言う有名なお話が御座います。
気楽に生きてるキリギリスは、蓄えも無しに、せっせと働くありんこさんを嘲笑い、お歌を歌ったりしているのですけれど、
いざ冬が訪れまして、キリギリスさんは惨めにぼろぼろになってのたれ死に、ありんこさんは勝ち組でした。
みたいな童話で御座います。

要は、ありさんのごとく働きなさいと言うお話なのですけれど。
しかしどうなのでしょうね。
もしも今年は冬が来なければ、とか。
結局蓄えに費やした時間分、冬で補えないとしましたら、とか。
そう考えますと、キリギリスさんも馬鹿に出来ない気は致します。

むしろ、このお話でありさんを支持したくなりますのは、
ありんこさんたちはほぼ確実に、「ざま見ろキリギリスいい気味だ」と思ってらっしゃるからであって、
「ほらほらそんな惨めに思われたくないでしょう?
やっぱり最後に笑うのが一番気持ちいいよねぇ」と申しますような。
そういう見下し理論で御座いましょう。

犠牲。
生贄。
生を実感するには痛みが必要で御座いますが、
なるべくなら自分の痛みでない方が嬉し良し。
要は他人の不幸は蜜の味。

とはいえ。
蓄えを作るのも十分に苦痛でしょうから。
当然の権利、責められない悦楽です。
キリギリスさんの惨めさなど、デザートみたいなおまけです。

蟻のように徒党を組んで。
蟻のように列を成して。
蟻のように巣のために。
蟻のように勤勉に生きますのが、
詰まりますところ、正しい生き方の一つの形。

キリギリスのように生きるのならば、
キリギリスのように無様に死ねばよござんしょ。
それもそれで、正しい死に方なので御座いましょう。

春の訪れを感じつつ。
そんな風に死んでいったキリギリスさんを想います。


そうそう、少し更新について励んでみようかと思います。
蟻さんのごとくちまちまと。
暫定、こちらのdust……裏小路は毎週水曜(深夜含む)に更新。
本館の方は、4のつく日付に更新を目指して参ります。
どうぞよしなに。


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